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春日山林泉寺

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林泉寺説明文
撮影:2002/05/03
春日山林泉寺は上杉家および長尾家代々の菩提寺です。境内には上杉家歴代正室の御廟や上杉家家臣の墓が数多くあります(歴代藩主の墓は御廟所にあります)。直江山城守兼続や武田信清の墓もありは山形県指定史跡になっています。この看板の「拝観の要点」には、そのような林泉寺の境内の見どころが書かれています。
武田信清は、武田信玄の子息で上杉景勝の正室菊姫の弟です。天正10年(1582)武田家が滅亡したとき、信清は僧姿に変装し高野山に逃れ、後に姉の嫁ぐ景勝を頼り越後に来ました。景勝は妻菊姫の弟で名門武田家の流れをくむ信清を大事な家臣として迎え、3000石の知行を与えました。 米沢藩時代では藩主親族とし高家衆筆頭に遇され1000石を賜りました。寛永19年(1642)3月21日に80歳で病死、上杉家の菩提寺林泉寺に葬られました。信清の子孫も代々高家衆筆頭として米沢藩に仕え、幕末に至っている。 武田信清の墓
撮影:2002/05/03
直江兼続夫妻の墓
撮影:2002/05/03
直江山城守兼続とお船の方の墓です。もともと兼続とお船の墓は米沢徳昌寺に葬られましたが、後に二人とも林泉寺に改葬されました。直江夫妻の墓に限らず、他の幾つかの墓にも長方形の石にいくつか穴を穿っている墓石が見られます。これは「万年塔」と呼ばれる墓石で、有事の際にはこれを積み上げて防壁とするために、兼続が考案したといわれています。
上杉神社と同様に雪のある風景をyz_PENTAX殿に撮影してもらいました。だいぶ除雪されている上に、まだ積雪量も少ないようです。 冬の林泉寺
撮影:2002/01/18

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作成:2002/07/13

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